2009年07月

2009年07月17日

シューマンの「トロイメライ」のイメージを思い描きながら思ふ事・・・・

グールドのイメージトレーニングの話を、一個前のブログに、書きましたが、
そのイメージトレーニングの続き。

あのグールドのエピソード読んでから、
イメージをすることについていろいろと考えさせられました。

そういえば、今のピアノの先生について、第一回目のレッスンのとき、
発表会で弾く「アレグロアパッショナート(サンサーンス)」を見ていただいたのですが、
発表会に備えて、あとは、どんな練習をしたらいいですかね?
って私が訪ねた問いに、
先生が、

「あとはイメージする事ですね」

っておっしゃっていたのを思い出しました。

私は、出だしのスケールをもっと緻密に練習しろだとか、
コーダの部分をもっとさらった方がいいとか、
部分練習を丁寧にとか、
あまり速く弾かないで、直前はゆっくり練習がいい・・・など、

自分でいけないところはわかっているだけに、
そんな具体的なアドヴァイスが返ってくると思って、聞いたので、

「イメージか〜〜」

そんな抽象的なぁ〜〜〜
それって、難しい宿題だよ・・
どうやったらいいんだよ〜〜〜
って
思ったものでした。

でも、何事も成功イメージを持つ事は大切で、
オリンピック選手もゴルフプレーヤーも、
みんな、イメージトレーニングのことを必ず言いますよね。

人間は、潜在意識の指示に従って行動してしまうので、
イメージ力が貧困だと、そのイメージどおりの結果になってしまうんですよね。

ナポレオンヒルの
「思考は現実化する」という本に書いてありましたが、
「私なんてダメ」って思うから、その思った事が実現してしまうというわけです。

「私なんて・・どうせへたくそだし」とか、思わずに、
今までの先入観や既成概念を捨てて、
「私は名ピアニスト!!」
ぐらのイメージを持って想像力を膨らませてもいいのかもしれないですね。

名ピアニスト・・・とは思わないにしても、
ここの音は、草原に吹く風のように・・・とか
ここの和音は、いい香りがしてきそう・・・とか、
何でもいいと思うんです。
五感を使って、
その風景や、情景、映像をリアルに思い描き、
ソレを音楽にする。

それが難しかったら、
「習うより真似ろ・・・」という言葉がありますが、
自分が好きなピアニストの演奏をイメージしてもいいと思うんです。

ところで、音楽家に限らず、芸術家のイメージ力ってどんななんでしょう。
画家のイメージ力って??
絵画は目に見えるけど、音が聞こえないから、音までイメージできたら楽しそう!とか。

総合芸術のバレエは、目でも耳でも楽しめますが、
ダンサーは、音楽を演奏しないまでも、音楽をすごく感じて踊っているはずだし。

アーティストはあらゆる想像力を働かせて、作品を作り上げているんですね。

音楽って、目に見えないだけに、
そういう意味では、想像力の働かせかた次第で、どんな風にでも、
世界が広がっていく可能性があるのかもしれません。

私は、まだまだピアノを学び始めたばかりなので、
沢山のことは出来ませんが、
まずは、たった一ページのトロイメライのイメージを膨らませて、
音にする事だけでも、必死です。

たった一ページのことが出来るようになってくれば、
あとは、それの繰り返しですよね。

この小さな作品を使って、本当に沢山のことが学べるので、
私の今後のピアノ人生のバイブルとなっていく曲なのかもしれません。

tomojo at 22:01|PermalinkComments(0)

グールドが実践していた、おもしろい練習方法

昨日の出来事。

せっかくのお休み、サイレントではなく音を出してピアノの練習が出来ると楽しみにしていたら、
期末試験が終わって、試験休み中の息子も、試験が終わってゲームをやるのを楽しみにしてたとのこと。

息子はリビングでゲーム。
私のピアノ部屋はリビングの隣。
お互いの音が、お互いに邪魔。

息子は、音ゲーと言われるゲームをやっているので(太鼓の達人、ギターフリークス、ビートマニア、ドラムマニアなどの音楽ゲーム)
ヘッドフォンだといまいち迫力に欠けるのだとかで、大音量でやりたいのだとか。

私だって、いつもサイレントだから、休みの日ぐらいは、音を出して
ピアノを弾きたい。

結局息子が、じゃあ、15分だけやらせてくれたら出かけるから・・
という事になり、私は15分だけヘッドフォンで練習する事に。

ピアノのサイレント機能がずっと調子が悪く、音量を上げると音が割れてしまってよく聞こえないので、私は、いつも極小の音量で練習しているため、練習中も、息子の大音量が聞こえてきて、かなりうるさい。

よりによって、トロイメライなんていう繊細な音色の曲を練習していたものだから、ヘッドフォン越しに、息子の大音量にかき消されてしまう始末。

ところが、「トロイメライ命!!」みたいなモードであまりに集中して練習していたせいか、あるとき、ふと、雑音が気にならなくなり、
いつの間にか30分ほど経過していたのだ。

息子は、ゲームを辞めて出かけたが、
息子の大音量が聞こえていた30分はずいぶん集中して練習がはかどったように思えた。

そういえば、夫がよくDVDを借りてきては、
せっかくの5CHホームシアターなんだから、って
馬鹿でかい音量で、映画を見ていると、
隣の部屋でコソコソピアノを練習している私のピアノは自分の音なのに、ヘッドフォンでもよく聞こえない。
でも、夫の映画の音なんかお構いなしで、それなりに、自分のピアノに集中して練習したりしていたものだ・・・・


人間不思議なもので、悪い環境だったりするほうが、
本来やりたい目的そのものに集中できるのかも。


そんなことを考えていた昨日だったが、
偶然にも今日読んでいた「ピアノレッスンズ」という本に
とても似たような事が書かれていたので驚いた。

noah adams著書の「ピアノレッスンズ」は、
まったくピアノを弾いた事のない50過ぎの男性が、
突然ピアノに目覚め、スタインウェイを買いピアノの練習を始め、
一年後に妻に「トロイメライ」弾いて聞かせるという
一年間の記録だ。

ピアノを弾いた事のなかった彼が、ピアノを一つずつ学んでいく段階で、彼が学んでいった知識として、いろいろな作曲家やピアニストのエピソードも沢山盛り込まれているが、
作者が、どんどんピアノにはまっていく様が、私自身となんとなく重なるし、作曲家やピアニストの知識に疎い私にも、とっても勉強になることが沢山書かれている。

そのなかで、たまたま、今朝読んでいた中に出てきた、グレングールドのエピソードが昨日の私の体験に似たような事だったので、びっくりした。

グレングールドがトロント音楽院の卒業式の式辞で話した内容だそうだが、
彼は未来のアーティストや作曲家達に、自分が十代の始めに体験したある出来事を想起してこう話している。


「ある日、たまたま私がピアノを練習していると
(はっきりと覚えています、その時私が練習していたのは、曲目はさして重要ではありませんが、みなさんの中にもこの曲を弾いている人がいると思うので言っておきますと、モーツアルトのフーガk.394でした)

突然ピアノのすぐ脇で、掃除機のスイッチが入ったのです。

さてその結果、大きな音のパッセージでは、モーツアルトがセバスティアン・バッハのテクニックを意図的に真似て書いた明るい全音階的な音楽がビブラートの後光に包まれたようになりました。

湯船につかって両方の耳の穴に水を入れた状態で首を左右に振りながら歌を歌ったときの、あの感じになるといった方がいいでしょうか。
そして逆に音の柔らかいパッセージでは、自分が弾いている音がまったく聞こえませんでした。
もちろん感触はありました。
つまり、鍵盤に触れているという感覚はあって、鍵盤はある種の音響学的なつながりで満ちていました。
それから自分のやっている事を想像は出来ました。
しかし実際には聞こえてこないのです。
ところが不思議な事に、私の演奏は掃除機が始まる前よりもにわかに良くなったのです。
特に、実際には聞こえないパートは最高にいい演奏でした。
さてそれから何年も、そう今でも、私は何かの新しい曲のイメージを大急ぎで掴んでしまいたいときには、ピアノとは正反対のノイズがするものをピアノのできるだけそばに置いて、掃除機の効果を再現しています。
どんなノイズでもいいのです、本当に。
テレビの西部劇でも、ビートルズのレコードでも、とにかく音が大きければそれで十分。
なぜなら、モーツアルトと掃除機が一緒に鳴った偶然から私が学んだ事は、想像力という内なる耳は、外的な観察力のあらゆるものを結集したものよりももっと強烈に敏感である、ということだったからです。


グールド氏がこの理論を説明したとき、話を聞いていた若い男女は、多分、目をパチクリさせて ”お、おっしゃる通り”と言うのがやっとだっただろう。
グールドは彼らにほんの少しだけ、自分の音楽の環境を見せた。」

〜〜〜ノア・アダムス 「ピアノレッスンズ」より〜〜〜


グールドの神がかったソレと、私の日常生活の雑音の中でのピアノ練習は、比較の対象にもならないが、
こんな環境で練習しててなんだか、上手くなるんだろうか・・・と不安に思っていたし、
素敵な環境が整ったお部屋で、きちんと調律されたピアノ、しかもグランドピアノでの練習が理想・・と思っていたので、

あ、、こんなんでも、いいんだ、
サイレントでも、デジタルピアノでも、弾けるだけ幸せ・・・
とちょっと安心したのだ。




tomojo at 21:58|PermalinkComments(2)

2009年07月12日

ピアノにしか興味が行かない困った私

最近、困ってます
ちょっぴり自己嫌悪

私ってなんでこうなんだろう・・・て思ってしまう。

最近ピアノにしか興味が行かなくてね〜

頭の中の90%以上がピアノの事です。
ピアノが弾きたくてたまらない
練習したくてたまらない
学びたくてたまらない

その意欲ばかりが、気持ちの中で高まってしまって、
他の事は、何にもやる気が湧きません

仕事は、仕方がないから、とりあえず行っています。

でも、家では、家事も何もやる気が湧かないし
以前自律神経失調症になったときみたいな症状で、
ただ、身体がだるくて、頭が痛くて、おなかも時々痛くて
何にもする気が湧かなくて無気力なんです

でも、ピアノに向かうと、すごく元気が出てきて
おなかが痛いのも治ってしまうし
なんでもなくなるの

これって、単なる、オサボリ病?

具合が悪い〜
頭痛い〜〜
おなか痛い〜〜
って横になってるので、家族は、
体調が悪いんだな・・・って
家事の手抜きも何も文句を言わずに、
いたわってくれるんです

かといって、
寝込んでいる人をいたわる気になっても、
さすがに、
ピアノに向かってる人を見たら「なんだ、仮病じゃないの〜」
って思っちゃいますよね。

だから、ピアノに向かうと元気が出る事がわかっていても、
今日はピアノに向かわず、おとなしく寝ていたんです。

でも、弾きたい気持ちを我慢していると、余計ストレスが溜まって
頭が痛くなる。

家事だってピアノ以外の事だって、ちゃんと
やりたいのに、身体が言う事利かなくてね・・・

これって、単なる更年期?
過労?

私の怠慢?

怠慢かも・・・って思ってしまうから、
すごく自己嫌悪なんですよね。

おとなしく病人らしく寝ていましたが、
寝すぎて、眠くなくなってきたし、
「ピアノ弾きたい〜」
って気持ちをずっと思いながら寝ているから、
段々イライラしてきました。

どうやら、家族はそれぞれの部屋へ行って寝たようなので、

ちょっとだけ、ピアノ弾いて
ストレス発散して寝ようかな?

でも、本人は、仮病のつもりはなく
本当におなかが痛くなって
頭が痛くなるんです

子供みたいよね

学校に行きたくないから本当におなかが痛くなっちゃう
子供みたいに・・・

これって病気なのかしら


「ピアノ病?」笑

あ・・わかった
恋煩いみたいなやつかな?

ピアノに恋しすぎて、ボーーっトしてしまう・・・
ってわけないか。

睡眠不足で気持ちが錯乱しているだけかも

最近は、
寝ることと
ピアノを弾く事だけが
楽しみ!!




tomojo at 23:59|PermalinkComments(1)

2009年07月07日

七夕の日に、願う事・・・・・

今日は七夕ですね

七夕の日に
短冊にたった一つ願い事を書くとしたら

「ピアノが上手くなりたい」
でも、
「グランドピアノが欲しい」
でも、ない。
もちろんその二つも願い事の一つではあるんだけど、
たった一つだけ叶えてあげる・・・って言われたら、

私は、
「ピアノを練習する時間を毎日1分でも多くください」
と書きたいです。
「練習したい」
練習したくてたまらないです。

今日は仕事がお休みだったので、
思う存分練習できて、満足満足。
でも、思うように弾けないんですけどね。

それはそうと・・・

こちらのライブドアのブログも4ヶ月ぶりの久しぶりの更新・・・
すっかりご無沙汰してしまってごめんなさい。

ミクシーのほうはせっせと、毎日ブログ更新していたのですが、
私のブログの原点はこちらの「ミセスピアニスト」
もうブログをはじめて4年が経ちました。
沢山の方が読んで下さって、沢山の方とブログを通じで出会い
そんな感謝の場所なんだから、放置・・なんてしないで、
これからも、こちらのブログを大切にしていかなきゃなーーーって思います。

ピアノで知り合って初めてお会いした方でも、
お会いするのは初めてなのに「ミセスピアニストのともみさんですよね〜」って
お会いするより先にこちらのブログを知っててくださる方も何人かいらして、
ありがたい事だなって思いますと同時に、ネットの時代ならではの、
趣味の輪の広がり方って言うのかな?
凄い事ですよね。

オーケストラや吹奏楽と違って、ピアノは本来孤独で一人で練習するものだから、
「仲間」がいるとこんなに楽しいなんて、ネットのない時代は気が付きませんでした。

ピアノのように、個人プレイの楽器でも、みんなと共感しあったり、
お互いに弾きっこしたり、
まるでカラオケのマイクをぐるぐるまわすように、
一台のピアノをみんなでぐるぐるまわして弾くのって楽しいもんだなーーって
思っています。


今日も、ピアノサークルメヌエットでも、
みんなで一台のピアノをぐるぐるまわして弾いて、
楽しかったーー。

私は、先週から、全部新しい曲曲になってしまって、
どれも、譜読み開始一週間・・・だったため、
まともに弾ける曲がなかったですが、
他の皆さんはとってもお上手。

皆さんの演奏を聞いていると、
今までそんなに興味がなかった曲も、
あーーこの曲いいな、今度弾いてみたいな・・なんて思ったりするんですよね。

ちなみに、私は、
1ヶ月前から、新しい先生に習い始めて、
今、ピアノ、基礎の基礎の、一からやりなおしています。

今、練習している曲は
♪ハノン10番、34番、37番、38番
♪モシュコフスキ20の小練習曲より1番
♪モーツアルトソナタkv333
♪シューマン子供の情景より、トロイメライ

ピアノを再開して、この5年間、
やれバラード1番だの、熱情、木枯らしのエチュード、ショパンのエチュード10−1・・など、と
自分のレベルに合っていない難しすぎる曲ばかりを練習してきました。
それはそれで、難しい曲を音にしていく力、10分以上の長い曲を弾く集中力、など、それなりに、身に付いた事もあると思いますが、
なにしろ、基礎がなっていないものだから、このまま難しい曲を弾いていても、
美しい音にならない、粒がそろわない、音を追うのに必死で、表現力を磨く余裕がない・・・などのデメリットもあったので、
ここらで、基礎からやりなおそう・・と
新しい先生には、今までやってきたこと、今やりたい事、
いま、自分がどういう思いでピアノに向かおうとしているかという事を
ぜーーーんぶお伝えしました。

それで、
「私はとにかくピアノが上手くなりたいんです、綺麗な音で弾きたいんです。
美しい音が出せるようになりたいんです。そのためだったら、どんな事でもします、先生の言うとおりにしますので、すべてお任せします」というスタンスで、
レッスンに通い始めました。

だから、どんな曲を言われても、「え〜〜こんな曲?やりたくないや、つまんないの〜」っていう気持ちは湧かないです。

ハノンだって、ツェルニーだって、今の自分に必要な事なら、何でもやる覚悟です。
でも、先生、お優しいから、
選択の幅を与えてくださるんですよね・・・
練習曲も、ツェルニーだって何だってやる覚悟で居ましたが、
先生は、練習曲は好きな曲でいい・・その代わり、2ページ程度の短い曲、というご指定だったので、
モシュコフスキを選びました。

曲も、先生におまかせしたところ、
今年は、モーツアルトと、ショパンのノクターン&マズルカをやりませんか?
とご提案いただいたので、
モーツアルトもショパンも大好きだから、今、とってもワクワクしています。

今、モーツアルトのソナタkv333が楽しくて仕方がありません。

今日はお仕事、お休みだったから、メヌエットから帰った後、五時間も練習してしまった〜

でも、つくづく、アタシって馬鹿なんだな・・・って思う。
ついさっき、猛練習して、完璧・・と思ったモーツアルト、
暫くトロイメライ弾いて、またモーツアルトに戻ると、全然出来なくなってる、
それで、さっきよーーしオッケイって思ったトロイメライが、
今度は散々モーツアルトを練習した後に、弾いてみると、
今度は、トロイメライが弾けなくなってる、
その繰り返し・・・

ほんと、馬鹿だなって思って、イヤになるけど、
仕方ないよね。

これから年をとってくると、もっともっと、忘れっぽくなってきて、
なかなか練習した内容も、定着しないかもしれないけど、
それでも、根気よく続けようと思う。

だって、まだまだ弾いてみたい曲が沢山ありすぎて・・・

死ぬまでに一体何曲弾けるんだろうって思うと、
きっと全部は弾けないわけだから、そうなると、
のんびりもしていられない。

それにしても、ピアノって、究極の「脳トレ」だと思うわ〜〜〜



tomojo at 21:49|PermalinkComments(4)